この世界に、流れる音楽は数あれど、いつかは消えて行く運命。だけど忘れられない曲。自分の人生の節々を、そっと飾ってくれた、そんな曲にありがとうをいいたい。蘇える想い出はとても綺麗だ。誰にも、そんな曲が、ありますよねぇ。音楽を重ねて思い出す。だから、想い出が、よけい綺麗に蘇える。
2010年4月20日火曜日
悲しきハート (じゅん&ネネ )
じゅんとネネの名前を聞いた時、じゅんは良いとしてもネネなんてふざけた名前があるのかと思った。産れたばかりの子をネンネと言うので、その事かと思っていた。大人になって太閤記を読んで、ネネという名前がそんな昔からあったのを知り、自分のアサハカさを恥じました。このネネさん、最近まで東京の孤島で村長をしていたらしい。ひさしぶりにテレビの番組に出てた、歌手にも色々な人生があるのだと、つくずく感じさせられる日々です。私も若い頃に見ていた夢や希望とは、ずいぶん違う場所に立っていますが、それが運命なのかも知れません。
2010年4月19日月曜日
悲しき悪魔 (エルビス.プレスリー)
このブログをはじめてから、まだ一度も出ていなかったのが不思議です。エルビスはアメリカの象徴でした。大統領は変っても、デビューして亡くなるまで、アメリカを背負った歌手はなかなか居ません。アメリカンポップス、ロックの教祖といっても良いでしょう。裏にはアメリカの抱えた黒人問題や、いろいろあって、ジャズやブルースもありますが、白人が創り出した音楽ロックはエルビスによって確立されたのだ。そして、ロックが硬くなりハードロックに、もっと硬くなりヘビーメタルと変化していったのである。
2010年4月18日日曜日
悲しき口笛 (美空ひばり)
実に歌の上手な少女でした。生きていれば私より年上になるのですが、私も彼女の年を越しました。古いモノクロの映画で、燕尾服の少女がこの歌を、情感豊かに歌う姿に感動します。この歌の歌詞で、♪丘のホテルの赤い灯も♪と言うには、彼女の実家、神奈川県磯子から見えるプリンスホテルの事でしょうか。もちろん、わたしは放映当初観た訳ではありません。大人になって、そこそこ人生が解かってきてからの感想です。ひばりさんより年下で、ひばりさんの歌が理解できる筈も無い。もし解かったらこちらが天才になってしまう。昭和を語るにひばりさんを無しに語れないでしょう。
2010年4月17日土曜日
悲しき初恋 (パートリッジ・ファミリー)
むかしテレビの番組で、このパートリッジ家族の暮らしをドラマにしたものを放映していました。もちろん、ドラマの中で演奏したり、巡業旅行のエピソードなんかもあったりします。家族バンドなんかで、ジャクソン.ファイブなんかもいましたが、ドラマはやっていなかった。家族ではないですが、モンキーズというグループも毎週定期でドラマをやっていたと思います。家族的でほのぼのバンドと言う事で、ヤングの間で流行った事は流行ったのですが、爆発的とはいきませんでした。やっぱり、ホームドラマより恋愛対象になるアイドルのほうが騒がれたのかも知れません。
2010年4月16日金曜日
悲しき少年兵 (ジョニー・ディアフィールド)
少年兵の歌らしいのですが、日本でも学徒動員といって、まだ社会人になる前の人達を、戦場に送った不幸な時期がありました。本当か嘘かわかりませんが、昔の戦闘機には、ろくなレーダーは無く、人の目に勝る物はないと、体重が軽く動体視力が優れている十代の少年を、レーダー替りに戦闘機に乗せていたらしい。現在戦闘地域の国でも、心が固まる前の少年を、戦闘や自爆テロに使ってる人間が存在している。はやく、そんな事が無い世界を創りたいものです。古くは白虎隊や二本松少年隊も、この”悲しき少年兵”にあたるのではないでしょうか。
2010年4月15日木曜日
悲しき片想い (ヘレン.シャピロ)
ウオーウオーウオーと、魚屋ではありません。オーイエーイエーイエーと大工さんでもありません。結局この歌詞は何だったんでしょうね。この当時のレコーディングはやたらにエコーがかかっていて、まるで風呂場かトンネルで歌っているようでした。現代はデジタル技術が進んでいるので、どんな人が歌ってもデジタル処理をすれば、スタジオ録音の場合、素晴らしい録音になるでしょう。だから、ライブでがっかりする歌手もいるのです。お風呂で歌いたくなる気分、何となく解かりますよね。ほんと、上手く聞こえるんですから。
※今日から約10日間、西日本から九州への旅をしてきます。無事帰還するまで更新できるか解かりません。無線ランの環境があれば、旅先から報告いたします。それでは、しばし。
2010年4月14日水曜日
悲しき16才 (木ノ内みどり)
ザ・ピーナッツ意外にも歌っている人は多かった”16歳”だが、”60歳”という反対の曲もある。当ブログでは前に載せているのでそれは割愛する。アメリカのポップスで、日本語訳で流行ったのが何年前だったろう?。レコードのジャケットからしても、まあピーナッツの垢抜けない事。でも、当時はそれでも先端いってたようなんですが、時代はめぐると言いますから、ファッションもめぐります。平成生まれの人も二十歳を過ぎて、昭和のファッションは始めてみるのだから、あながち古いとは言い切れません。最近若い人が昭和の歌に興味があるらしいのです。今回は木ノ内みどりさんで。
2010年4月13日火曜日
悲しき天使 (メリー・ホプキン)
メリー・ホプキンの曲が日本で流行ったのが最初で、それから、いろんな人がカバーをしています。天使といえばキューピットの事だと思いがちですが、子供の姿で背中に羽が生えているのが一般に知られている天使像のようです。夢のような話ですが、オジサン型天使の目撃情報が、最近飛び交っているようなんです。大きさは手のひらに乗るくらいで、姿はオジサン、関西ではオッチャンで、決まってボーっとしている時に出てきて意見するらしいのです。天に使わされた者であればこれも天使です。手乗りのオジサンを阿吽倶流(アンクル)と呼びましょう。
2010年4月12日月曜日
悲しき鉄道員 (ショッキング・ブルー)
あの”ビーナス”で有名なショッキング・ブルーの、この曲は、親友のMK君がよく聞いていた。彼の家は国鉄一家で、鉄道員でないのは彼だけである。私がテスト.ドライバーをしていた時、後輩で入社して来た。一般路耐久で、都内を走るとき二人一組でペアを組むのだが、食事の時間に車に残るのだ。話を聞くと母親が弁当を持たせてくれるそうだ。その時ステレオで、自前のテープで音楽を聞きながら弁当をたべていた。それから始まり今だに、親友のひとりである。現在は結婚して、路線バスの運転手をしているが、悲しき運転手では歌にならないよなぁ。
2010年4月11日日曜日
悲しき雨音 (カスケーズ)
稲妻の音から始まるこの曲は、いまでも雨のシーンがあると、映画やドラマのBGMとして流れますね。ある意味、雨音から連想される曲で、真っ先に出てくるのはこの曲だろうと思います。人それぞれ、この曲から思い出す出来事があるのでは?。中学生の時、富士五湖のひとつ西湖にキャンプに行った。男女×2で、不順な関係は全く無く、純粋に学友としての旅だ。駅からの雨が降る道で、キャンプ場まで送ってくれたローレルに乗った、見知らぬオジサン。キャンプ場の夜、稲妻がキャンプ場を襲った。この曲はあの遠い日を思い出す。よく思い出せないが、親には男同士の旅だと嘘をついたのかもしれない。
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