2011年5月18日水曜日

17才 (南沙織)

ミーナから南えと半ば強引に繫げてしまいました。この人は日本人でしょうが、という人もあるでしょう。でも、彼女がデビユーした時代には、沖縄に行くのにパスポートが必要だった時代なんです。車も左側通行だったし、米ドルが使われていたのですよ。それをもって日本人と言い切れるでしょうか。その当時の沖縄の住民はアメリカの一部だったのです。そしてアグネス.ラムのように小麦色した女の子でした。今でも沖縄の人は本州の人と沖縄の人を、違う呼び方をして分けています。ですから、彼女イコール日本人という計算にはならないと思います。

2011年5月17日火曜日

別離 (ミーナ)

このうたは越路吹雪さんなども出していましたが、何といっても当時はミーナでした。と言うのも、少しずつ外人になれて来た日本人が、あの拙い外人訛りの日本語が、以外と心地よい事に気が付いてきた頃なのです。今では日本語ペラペラな外人タレントまで、わざと外人訛りの喋り方をして受けを狙っています。ミーナのデビユーしたころは、狙わなくても受けていました。何かまったりとした曲で、だらだらした運びのこの曲は、悪口ではないのですが、中途半端な感動で破綻しています。当時の女性はそれなりに共感したのでしょうが、今日日の女性はもっとあっけらかんとしています。

2011年5月16日月曜日

ひなげしの花 (アグネス.チャン)

東洋でもアグネスはいました。アグネス.ラムが定着した頃、まるで正反対の少女がデビューしたのです。その頃わたしは青年でしたから、ラムのほうには興味はありましたが、今の秋葉時代と違って、まるで中学生みたいなチャンのほうには興味はありませんでした。それに、唄のメロディーが、♪おっかのうえ、ひーなげしーのはなが♪どう観ても変な日本語でしょう。それに、ひなげしとはポピーの事でしょ、見るからに花弁が大きくて、花弁で占うほどありません。ひと目で来る来ないなんて分りますよね。作詞家修行をしていた私から見ると、本当に奇妙な作品でした。

2011年5月13日金曜日

Im Agnes (アグネス.ラム)

この人を外人女性アーティストに分類していいのか悩みますが、一応レコードを発売しているで良しとしましょうか。彼女の印象は、日焼けした肌によく似合う、マスタードカラーのワーゲンの種類でカルマンギアという愛車から颯爽と降りてきて、片手を口に添えて”ホ~ッ”と声をかけると、男性陣が総崩れするコマーシャルです。あの童顔でくびれたボディのアンバランスさが魅力的で、当時トップグラビアアイドルを産出していたクラリオンガールとしても話題になりました。とにかく昭和の妖精は小麦色が多かったようです。今みたいに日焼けは皮膚癌のもと、なんて知らなかった時代でしたから。

2011年5月12日木曜日

アドロ (グラシエラ.スサーナ)

外人女性アーティストもいろいろ居ましたが、その中でも、この人ほど抜群に暗い存在は居なかったでしょう。とにかくヒットする曲がどれも暗い、絶望の淵での愛の歌なのです。感情移入がものすごく、聞くものみんな感激より先に暗くなってしまう。他のヒット曲の”サバの女王”とかでも、聴いてるひとが死にたくなるほどオモッ苦しいのです。唄は上手なのですが、多感な青春時代にこういう曲を聴いていると、心のそこからブルーになります。わたしの青春時代に、この唄の影響もあって、♪わたしの人生暗かった♪のですよ。

2011年5月11日水曜日

やさしく奪って (シェリー)

キャンディーズやピンクレディーが全盛期の頃、お茶の間外人アイドルとして、バラエティーやお笑い番組などでブレークしたシェリー、格好わたしはファンでした。実は彼女は歌手だったのですね、そういえばヒットスタジオなんかにも出ていました。でも、ヒットに恵まれず、お約束の、おもろい外人になってしまったのです。彼女はどこか日本人的でもあるので、もしかしたらハーフかもしれないと、当時から思っていました。それはともかく、とうじの外人ハーフの女性の綺麗だったのには驚きました。その当時からの趣味を引きずって、いまでも、道端アンジェリカなんか、とても可愛いと思います。

2011年5月10日火曜日

恋はみずいろ (ヴィッキー)

この人もむかし日本で話題になったひとで、いわゆる膨れっ面で思い出すのである。膨れ、というのはマッカートニーやスタローンに代表される顔立ちである。子供の頃にこの人を観て、なんて不満顔なんだろうと思っていたが、今思い返すとこんな顔は、白人にはよくある顔だと言う事がわかった。まあ顔はどうでも良いのですが、この曲はそこそこヒットして水色という色をメジャーにした曲でもあります。現代でも、水色と言えばほとんどの人がこの曲を思い出すでしょう。その後、ポールモーリアが演奏でリバイバルして、再びヒットした事もおもいだします。そして、あの膨れっ面の彼女も。

2011年5月9日月曜日

情熱の花 (カテリーナ,バレンテ)


忘れていた外人の女性歌手で、こんな人がいました。今でもたまに聴く事がある”恋のバカンス”を歌ってヒットして、それをザ.ピーナッツがカバーして、いつの間にか彼女達のレパートリーになってしまったという、そんな存在の人です。この曲もやはりピーナッツのヒット曲になりましたが、いわば、本家、とか元祖なんですよね。この当時、洋楽を日本人用に訳詩をして、日本の新人歌手に自分の曲のように発売した時代があって、現代のようにカバーという観念がなかったので、本家も悔しい思いをしたのでしょう。でも、この曲はベートーベンの曲をアレンジしたらしく、パクリが多い音楽業界のようですね。

2011年5月6日金曜日

忘れないわ (ペギーマーチ)


忘れ、忘れ、で”忘れないわ”と来てしまった。この曲を思い出したとき、かならず思い出すのは修善寺だ。むかし、ある会社の社員旅行で伊豆に行き、野田屋というホテルに宿泊した。食事も終わり、暇だったのでホテルのバーにお邪魔してカラオケなどを歌っていた。そこえ宿の女将が現れて、わたしにこの曲を歌ってくれないかと言って来た。女将の思い出の曲らしい。おかげで私の思い出にもなってしまった。この曲は外人が唄っているが、れっきとした国産である。このペギーマーチは小さい頃から日本に来ていて、確か小さな頃はリトルペギーマーチだったような記憶がある。しかし、いまでもいい曲だと思っています。

2011年5月3日火曜日

忘れな草をあなたに (東京アカデミー混声合唱団)


ゴールデン.ウィークのど真ん中に平日があると、ついつい忘れてしまい休日のような気分で、更新するのを忘れていました。そこで”勿忘草をあなたに”という名曲を出しました。本物は、勿忘草とは書かないで忘れな草と書いてありますが、正式には勿忘草のようです。子供の頃にこの歌を聞いて、忘れ、と名草で区切ってしまい、ずっと忘名草だと思い込んでいました。だから名前を忘れないようにこの華を貴女の送るのかと、勝手に思い込んでいたのです。忘れる植物に、茗荷と言うのがありますが、あれは物忘れが激しい坊さんの墓にいっぱい生えていたので、茗荷を食べると忘れっぽくなると言う話です、関係ないか。