2010年7月14日水曜日

チゴイネルワイゼン (サラサーテ)


張日妮の二胡による演奏がめずらしい。私がクラシックを正式に聞いたのは中一でした。クラスの郷田君の家で、ステレオプレーヤーの前に座り、かなりの音量で聞かされた。それなりに感動はあったのだが、この曲は暗すぎて初心者の私には重すぎた。不安な旋律がどんどん攻めてきて、これでもかと押し寄せる。すこし太目の郷田君には悪いが、この曲の良さを知ったのは大人になってからだった。そして、その後の駄目押しで、アルルの女を聞かされて、中学生でのクラシック.デビューは出来なかった。

2010年7月13日火曜日

ピアノ協奏曲第一番 (チャイコフスキー)


ホルンのような音で始まるこの曲は、車のコマーシャルなんかでよく使われる不朽の名作です。さすがにこの曲は練習できるレベルではありませんが、エレピを購入してから、コードの練習やハノンなんかも少しやりました。けっこう欲張りな性分で、あれもこれも手を出して、そのうち飽きてしまうのですが、いろいろチャレンジしました。まあ、ギターが一番ながく続いたようですが、そのギターも最近弾いていません。狭い家に引越しをしてから、楽器も音楽も聴かなくなりました、なんか、さみしい。

2010年7月12日月曜日

ヴァイオリン協奏曲 (メンデルスゾーン)


わたしが大人になってからバイオリンを始めたのは、いつもの好奇心である。いろいろ調べたら鈴木のバイオリンが一番安い。そして教本をみると、誰でもが一度は弾く楽曲に、メンチャイ、と書いてあり、バイオリンはメンコンだと書いてあった。専門用語かと思い、ツタヤで検索したら、メンデルスゾーンのバイオリンコンチェルトを訳してメンコンだと判った。という事は、メンチャイのチャイはチャイコフスキーのピアノコンチェルトだと判明。その数ヵ月後に、コルグのエレピを購入する事になる。

2010年7月9日金曜日

パルティータ第3番より ガボット (バッハ)


この曲が耳について離れない時期がありました。何のコマーシャルだったのでしょう、思い出せません。かなり前にバイオリンに興味をもちまして、西武百貨店の楽器売り場で、安価なバイオリンを見ていたら、女性店員が「先生、生徒さんの楽器ですか?」、と話しかけてきたので、いい加減な話でその場をごまかした事があった。いい歳をして、これからバイオリンの練習なんて言えませんよ。それに、先生と言われて気分がよく、先生に成りきり見栄をはった。その場は、生徒に選ばせると言って切り抜けた。ヒヤヒヤものだった事を憶えている。

2010年7月8日木曜日

前奏曲集 7番 Prélude  A-dur, イ長調 (ショパン)


ずいぶん長ったらしい曲ですが、この曲もずっと、大田胃散という胃腸薬の曲と認識していました。子供の頃からですから、ずいぶん永く愛聴されてきたものです。もともとこの薬事態古そうですが、効き目はともかく、この曲は、日本人の認識というか、永年テレビなどで洗脳されてきた経緯から、誰もが大田胃散を連想する曲である事は、間違いない事なのである。そもそも、何故この曲がコマ-シャルに使われたか調べると、イ長調、胃腸、と言う、バカバカしいネタだそうです。調べて馬鹿をみた、下らない宣伝マンに振り回されていました。

2010年7月7日水曜日

乙女の祈り (パダルジェフスカ)


乙女といえば私は乙女座ですが関係ない。昔、ラジオの宣伝で、桃谷順天館という化粧品の会社が流していた曲です。その頃は子供心にいい曲だと思いました。まさかクラシック音楽とも知らないで、これは桃谷順天館の曲だと思い込んでいました。今思うに、そんな曲は沢山あって、大人になってから真実を知り、子供の頃の他愛無さが懐かしく思い出されます。学校の校内放送でも流れていたり、音楽室で女子生徒が弾いていた記憶もあるのに、私には、桃谷順天館が、頭から消えません。

2010年7月6日火曜日

乙女の儚夢 (あがた森魚)


ノスタルジーと言うか、懐古趣味というか、大正浪漫なんていう言葉が流行り、このアルバムを友人に借りた。彼女も懐古趣味で、古いものが好きで趣味が合った。この曲の♪乙女の父さん人力車夫♪と言うくだりがあるが、平成の現在にも人力車は存在する。すると言うよりも、復活したというほうが正しいだろう。なぜ大正時代のものが復活するのか。私でさえ本当の人力車の時代は知らない、なのに、観光地は人力車でゆっくり見物するようだ。結局知らない人たちには新しい存在なのだろう。スカイツリーもいいけれど、浅草の風情も無くしてはいけない、と言うこと。

2010年7月5日月曜日

赤色エレジー (あがた森魚)


この曲が世の中に流れていたのは、まさに♪昭和余年は春も宵、桜吹雪けば情も舞う♪と唄っているように、昭和の歌のようですが内容は明治そのものです。まあ、明治と昭和のあいだは16年しかなかったので、昭和元年の20年前は明治だったのだから、雰囲気は似た所もあるでしょう。私が20代の頃、危険な、自動車の実験走行を職業としていた時代、鈴鹿という遊園地にあるホテルで聞きました。モノクロームな世界観が車のニューモデル開発と相反して、新鮮に聞こえたのです。歌の中身は死語ばかりで、現代では使われなくなった言葉ばかりで、それがヒットの要因かもしれません。

2010年7月2日金曜日

昭和柔侠伝の唄 (あがた森魚&緑魔子)

http://www.youtube.com/watch?v=wW2E7illVdg&feature=related
 
 ◎昨夜、姪が早産して2ヶ月も早く男子を出産した。更新が遅れたことは仕方ない、それに、昭和の曲を選んだのに、直張りしか出来ませんでした。

2010年7月1日木曜日

私だけの十字架 (F.チリアーノ)


特捜最前線の挿入歌のこの曲は、よくクロードチアリと間違えて、誰もそうだと思っていた。実際は別人で、番組でもその事が話題になり、本人を登場させたのだ。この特捜物は、古くは特別機動捜査隊という番組のながれで、警察捜査番組は人気があった。こんな番組をyoutubeに投稿してる人もいるんですね。私もVHSビデオで撮り貯めた、映画はいっぱい持っているのですが、テレビ番組は持っていません。見ていると、懐かしい女優さんの緑摩子さんが出ているではないですか。彼女、妖しい魅力の女優さんでしたね。