2009年12月10日木曜日

♪SACHIKO♪ (kirarana7na2)


サチコと言う曲が、同時期にもう一曲存在しました。検索しているうちに、懐かしい映像を見つけました。かつて、自分がやっていた、スナックでの弾き語りの光景にそっくりで懐かしい。だけど、この人みたいに、アルペジオやハンマーなどを自在に操り、歌も、高音域をカバーして安心して聞けるが、私の場合はこれほどのレベルではなかった。この方は、プロのスタジオミュージシャンかヒットに恵まれない歌手の方ではないでしょうか。商品で言うと無印良品と言うところかな。曲の方は少し異論があります。♪幸せを数えた片手にさえ余る♪こんな不幸な幸子さんがいるのでしょうか。幸か不幸かは気持ちの持ちようですよ。何でも無い様な事が幸せなんです。詩の内容が大袈裟なようで、ばんばんに一言いいたかったのだ。

2009年12月9日水曜日

サチコ     (ニック.ニューサー)


元カノと言うのは、どこまでの関係をいうのだろう。同棲していた女性は限りなく元妻に近いし、デートして食事して、家まで送る程度は元GF(ガールフレンド)だろう。その人は、少なくとも土肥温泉で一泊した事があるので、元カノと言えるだろう。名前がサチコ、だったので、当時流行っていたこの曲を、カラオケで歌って迷惑顔されたのを思い出す。彼女はパブスナックでバイトで働き、私はその店の客という、良くありそうな関係だった。球場へは良く行きました。その人は野球好きで、男の私より詳しかった。私の仕事環境が変わったので、店にいけなくなってから、どちらともなく遠ざかっていった結末でした。その後一度だけバイクに乗っていたとき、逢いました。それ以後は逢えません、運命かな。

2009年12月8日火曜日

未来予想図Ⅱ(ドリーム.カム.トゥルー)


車のライトで意思表示と言えば、この曲。♪ブレーキランプ5回点滅、愛してるのサイン♪。この曲が浮かんで、偶然出くわしたモトカノに、さようなら、のサイン5回送ったことがあった。5回と言うのは、いろいろ理解できるので、ありがとう、にも、ばかやろう、にも取れるので、どう思ったかは定かではない。また、それを確かめる術もない。もう二度と逢うこともないだろう。あんなに仲が良かったのに、友達でいることも出来ないなんて、恋愛なんかするものか、と思いながら懲りもせず、幾つになるまでするのだろう。バイクもだいぶ重くなってきたので、最近は車が主流だが、車でブレーキランプ5回点滅は、ちょっと難しい。

2009年12月7日月曜日

男と女   (フランシス.レイ)


この曲も映画の主題曲ですが、今回の思い出は車です。その当時は高速道路はまだ少なく、前車を追い越す時は、クラクションを鳴らして警告していました。この映画の中で、遠くから真昼にライトを点滅して、恋人に合図した。当然ライトのスイッチは、昔の引っ張るやつ。引いたり押したりして点滅させる。私の知る限りでは、今のようにライトで意思表示をしたのは、この映画が初めてではないかと記憶する。今でこそウインカーのスイッチを手前に引けば、いろんなライト警告が、暗黙の了解でセオリーとなっているが、その意味では、この映画の貢献度は高いだろう。フラッシャーの軽い点滅も、ありがとうの挨拶に使われているが、いずれも公安上の法規に定められている訳ではなく、常識の範囲で交わされている。

2009年12月6日日曜日

ある愛の詩 (フランシス.レイ)


愛の定番。この映画を観ずして、愛を語るな、と言われるくらいの作品です。曲を担当しているのはフランシスレイと言う方は、名を上げたら誰でも知っている、名画の音楽を担当して来た。その美しい旋律も相まって、映画がヒットしたと言っても過言ではない。私もこんな曲が創れたらと尊敬しています。(愛は決して後悔しない事)と言う、有名な台詞も、人生に刻み込んで生きてきた。作詞の師が、なかにし礼先生、音楽の師がフランシスレイ、恋愛の師が○○麗子さん、(勝手に認識)なんと、阿吽倶流の人生に影響を与えた人々が、礼、レイ、麗と同じキーワードが絡んでいる事でしょう。この先も、れい、をチェックしておきます。

2009年12月5日土曜日

冒険者たち  (アランドロン)


冒険旅行と言って思い出すのは”冒険者たち”というフランス映画だ。鉄屑屋の男と冒険屋、そして、がらくた芸術の作家である女性が、宝船の沈んだ地図を手に入れる。宝をめぐり事件に巻き込まれ、女性レティシアは銃弾に倒れてしまう。彼女の遺体を潜水服に収め、暗い深海の底へ沈める男たち。私は観ていて、何ともやるせない無情感を覚えた。愛する人を失うと言う。仏教で表される四苦八苦を感じた。そして。映画のフラッシュバックか、それから、潜水服のような狭い密着した空間が怖い、閉所恐怖症になったのです。車は大丈夫なんですが、狭いエレベーターなんかは恐怖です。感情移入がこんな結果になるとは思いませんでした。

2009年12月4日金曜日

北の国から  (さだまさし)


北といえば、阿吽倶流の人生に影響を与えた最大の”北”、それはこのテレビドラマだった。倉本總さんの原作をドラマ化して、俳優も成長したり年老いてゆく様を、毎年のように描いていた。観ている視聴者も感情移入して、まるで自分や親戚の物語のように感じていた。いつしか富良野という土地に行きたくなり、ついに実現にいたった。その過程をブログにまとめましたので、ぜひ見てやってください。

◎”阿吽倶流の彷徨い日記”  http://anku-samayoi.jugem.jp/

この旅で、物語の中心になった麓郷にも行きました。そこの、りょくほう、と言うお土産やさんの人に、田中邦衛(黒板五郎)さんに似ているといわれました。

2009年12月3日木曜日

北へ帰ろう   (徳久広司)


TBSのTVドラマのなかの劇中歌として登場した曲で、のちに”昭和枯れススキ”などの超ヒット曲なども生み出している人気番組があった。寺内貫太郎一家2、である。この番組がオンエアーされていた頃は、阿吽倶流も働き盛りの遊び盛り、そして、テレビ盛りだった。と言うのもこの頃から人間関係の会話の中で、テレビ番組の話題ができないと仲間はずれにされたからだ。毎日、人気番組をチェックして、コミニケーションしていたのだ。現在もそういう傾向はあるようだが、話題はもっと自由化してきたようだ。この歌をカラオケで歌える人は、かなりマニアックであった。作曲家として、徳久広司先生は、先生が付くほど出世した。

2009年12月2日水曜日

ヘッドライト  (新沼謙治)


ここまで来たら、この人が出てこない訳にはいかないでしょう。訛りタレントとしては、千昌夫、吉幾三、先輩ともども、ローカル歌手として名を轟かした謙治くん。そんな親しみのある存在でした。私なんかも歌手を目指したり、作詞家の勉強をしたりしたけれど、チャンスがなかったので,活きる為にいろんな仕事をして来ました。彼も左官という技術を学んで仕事をしながら、芸能界のチャンスを掴んで歌手となった。そして、現在はスポーツ選手の奥様と悠々自適な人生を送っていらっしゃるようです。チャンスを掴んだ男と、私、チャンスを逃した男の違いはあっても、若き日の情熱は絶対に同じだったと、確信しています。 

2009年12月1日火曜日

ああ宮城県 (吉川団十郎)


ご当地大使タレントのはしり、と言えばこの男。私が”トラック野郎”と言う映画に夢中だった頃。望郷編の挿入歌で人気が出て、一発屋ではあったがかなりヒットした。吉幾三の”おらぁ東京さいくだ”や、ハナワの佐賀県の唄、さいたまんぞう、とかいろいろ出てきたが、元祖は吉川団十郎だと思う。千昌夫や新沼謙冶は岩手県だが作品で岩手を強調した物はなかったと思う。吉さんの♪テレビもネ~~五所川原♪みたいに、地域の名前が出る唄が観光大使の条件だと思う。とにかく、その当時は面白おかしく聞かせたもらったこの曲。何人の人が覚えているか?。